旅人のタワゴト

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■ 2007年3月26日 岐阜出発!(1日目)


いよいよ出発の時がやってきた。否応なしにも緊張が高まる。 これから1週間もの長旅である。しかも初の完全な一人旅といっていい。緊張ともワクワク感とも言えるような 感情に配される。

まず近所の名鉄の最寄り駅から岐阜へ向かう。何のことはない、中学から4年間使ってきた「いつもの」路線である。 この壮大な旅のハジマリが、こんな日常のシーンからというのも、なかなか興趣がある。

岐阜に到着し、夜行快速「ムーンライトながら」の始発駅、大垣へ向かう。実はながらは岐阜駅にも止まるので わざわざ大垣まで行く必要はないのだが、何事も始めが肝心である。どうせなら人生初の夜行列車、始発から 乗って全ての路線を味わいたかった。

大垣駅に着くと既にながらの乗客と思われる乗客で溢れかえっていた。乗客層も家族連れからバックパッカー風の 人間まで様々だった。おそらく大半は関西・西日本方面からの乗り継ぎ客だろう。



そうこうしている内に、俺の乗る臨時の「ムーンライトながら92号東京行」が、ホームに入線した。 座席は窓口で要望した窓側である。大垣を出発したながらは、岐阜、名古屋と順調に進んでいく。



その後浅い眠りに付くが、静岡で停車したところで目が覚める。ふと隣のホームを見ると、大垣を臨時列車より 20分ほど遅く出発したムーンライトながらが止まっている。そして臨時ながらが停車している間に、さっさと先に 東京へ向け出発していった。

静岡出発後は隣に座わり何やら技術・工学系の勉強をしていた人が横浜で降りた時以外は 目覚めることはなく、気が付いた時には窓の外にはには品川の再開発ビル群が広がっていた。

■ 2007年3月27日 儚き大都会 東京(2日目)



早朝の東京駅はガラガラだった。その後新宿方面行きの中央線に乗ったが、やはりガラガラだった。 いくら日本の首都、世界のTOKYOといえども、始発の時間ではこんな感じなのだろう。



今夜乗車する新潟行き「ムーンライトえちご」は、新宿発。東京を歩き回るのに荷物が邪魔なので 先に新宿駅のロッカーに預けることにした。これで身軽な格好で周遊できる。

さて、まずはどこへ行こうかと思案した結果、山手線で渋谷へ。着いた時はまだ人はまだら。 やたら路上に散らばるゴミとそれに群がるカラスが目に付く。朝の渋谷は汚い。



渋谷駅のみどりの窓口で、これから5日間お世話になる「JR東日本&北海道パス」を購入。 首都圏から北海道方面へ向かうには、青春18きっぷよりも断然お得な切符である。

しばらくすると人も増えてきた。そういえば朝食を食べていないことに気が付き、道玄坂沿いの松屋で 牛めしを食らう。そうこうしている内に、時刻は8時。そろそろ適当に東京を回るか、と思いコンビニで 地図を立ち読みし、東京都心の大まかな地理を確認する。

まずは渋谷から近い六本木・赤坂周辺へ。地下鉄で行っても良かったのだが、街の雰囲気を 味わうため歩く。ひたすら歩いた。足が痛くなるが、それでも歩く。青山や麻布など 聞いた事しかなかった地名が、目の前に表示されている。東京の町並みは至って普通で、少し残念だった。 地方と都心の画一化が進んでいるのだろうか。

その後も休憩しながら前方に見える成金の象徴「六本木ヒルズ 森タワー」を目標に歩く。 六本木と言う地名標識が見えた。目標は近い。ビルも段々と大きくなっていく。



そして遂に六本木 到着! ヒルズの存在感に圧倒しつつ、その隣、テレビ朝日社屋の道路の向かいが 公立の「港区立六本木中学校」だという事実に、なぜか感動する。てか「六本木中学校卒」って なんかかっけぇ〜 ←田舎モノ丸出し

その後しばらく歩くと地味だが風格あるビルが増えてきた。どうやら官公庁街「霞ヶ関」にたどり着いたらしい。 日本の権力中枢が集うこの街は、活気こそないが、やはり他の街とは違う風格を醸し出していた。

街に入っていくにつれて、街頭に立つ警備の警察官も増え緊張感が増す。安倍首相が住む首相公邸も 見えてきた。道路では日の丸と共にスウェーデン国旗が掲げられていた。後で調べてみると、スウェーデン国王 カール16世グスタフ及びシルビア王妃の両陛下が訪日中だったらしい。



その後、皇居、秋葉原、上野近辺、東京大学本郷キャンパス、 靖国神社などなど、気ままに散策を楽しんだ。



そうこうしているうちに夕方になった。新潟行きの夜行まではまだ時間がある。 夕食がてらに、ファミレスで時間を潰すことにし、中央線と山手線を乗り継ぎ、再び渋谷へ。



19時ごろ、渋谷。このぐらいが、朝の静寂とは打って変わって、人も一番多くやかましい。

暇つぶし用に本を買い(元代ゼミ講師 吉野敬介氏の自伝&啓発的な本だった)、ファミレスへ。 岐阜ではあまり見かけない(というか県内では見たことない)デニーズに入ったら、思ったより メニューの値段が高くて入店を後悔。といっても今更出て行くわけにもいかないので、一番 安いオムライスで済ますことにした。

食事を済ませ、飲み物をすすりながら読書にふける。そうこうしているうちに、10時を過ぎた。 随分長居したなと思ったが、俺と同じくらいに入店した、隣にいたグループ客は、入店直後と一向に 変わらないテンションで、いやむしろボルテージは更にヒートアップして、喋り続けていた。 一体いつまで居る気だ。

渋谷駅から山手線に乗り、夜10時半ごろ、新宿駅のホームに着く。後はここで新潟行きの夜行列車 「ムーンライトえちご」を待つのみだ。ここまでは、ただの東京「観光」のようであったが、 いよいよここから本格的に「旅」といった感じがしてくる。 ホームで列車を待つ客層も心なしか、昨夜の「ながら」より「旅人」の割合が高いように見えた。



車体をカメラに収めている途中、突然デジカメの電池が切れて焦る。やはりオークションで買った 数年前の馬鹿でかい旧型カメラだけに、電池の持ちもよろしくない。予備の電池を持ってきてよかった。



夜11時過ぎ、列車は予告もなく、すっと新宿駅のホームを離れる。隣の席は空いたまま。車内放送では 「本日は満席となっております」と繰り返している。じゃあ、ここも誰か途中で 乗ってくるのかなと思ってずっと空けていたが、結局終点新潟まで誰も乗り込んでこなかった。 まぁ、こういうこともあるのだろう。おかげで多少ゆっくりと過ごせた。

まだ夜行列車に慣れていないせいかなかなか寝付けなかったが、前日よく眠れなかったのと、 1日中東京を歩き回った疲れが出てきて、埼玉あたりからうとうとしてくる。検札が来たのは 群馬の高崎駅を出た後だから、もう夜中の2時ごろだったと思う。ここでJR東日本&北海道パスと指定券を提示し、 再び眠りに就いた。


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