旅人のタワゴト

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■ 2007年3月29日 北の大地 北海道縦断(4日目)


朝目覚めると、そこは雪国だった。

5:30ごろ、場所でいうとちょうど南千歳付近で目が覚めた。今までの夜行列車の中では一番よく眠れた。

降りたのは終点・札幌ではなく、その手前の新札幌駅。実はこれは、6:05分札幌着のはまなすの乗客が、 6:02分札幌発の旭川行きの普通列車に乗るための「裏技」のためだ。この裏技に付いては下記のサイトを 参照して欲しいが、ともかくこの新札幌で降りた後は、近くの厚別駅まで歩いて移動しなければならない。

というわけで新札幌で下車。ここで結構な人数が降りる。みんなこの「裏技」を使うのだろうか。

さて歩いていく、と決めたはいいものの、途中で反対方向に歩いてしまったことに気がつく。 旭川行きの普通列車が厚別駅を出るのは6:15。気がついた地点であと3分しかなかった。 キャスター付きのカバンをわざわざ背負ってまで、急いで走ってみるも、当然間に合わず。

ここで選択を迫られることになった。この普通列車に乗り遅れた地点で、俺は当日中に稚内まで 到達できないことになる。そうなればあとの予定に相当響く。だが当日中に稚内に着く方法も残されていた。

それは特急列車の使用、いわゆる「ワープ」だ。

あくまで旅の本質である「普通列車のみで」を貫くか、金もかかる上に本質も達成できないが旅を予定通りに 楽しく遂行できるであろう「特急列車の使用」を選ぶか。。。

結局特急で例の旭川行きの列車に追いつくことにした。 厚川駅で道内のポケット時刻表をゲットし、まずは札幌へ向かう。札幌駅に着くと、隣のホームに旭川行きの 「スーパーホワイトアロー」が停車していた。発車直前だったので窓口にきっぷを買いに行く余裕もなく、 自由席に飛び乗る。



先ほどの時刻表を取り出し、例の普通列車に追いつける停車駅を探し、それが「砂川」という駅だと確認。 ほどなくしてやってきた車掌に事情を説明し、札幌から砂川までの普通運賃(18きっぷなどの普通列車限定の切符では特急に 乗るときは別に普通運賃も負担せねばならない)と特急料金、あわせて2510円を支払う。痛い出費だ。やはり道順は 事前によく確認しておくべきだった。



砂川までは早く感じた。何日も普通列車で旅をし続けていると、特急がやたらと早く感じる。 ここで特急とはお別れ。また普通列車の旅が始まる。ほどなくしてさきほど乗り損ねた旭川行きの 列車が来た。



旭川までしばし北海道の雪景色を楽しむ。この冬は稀に見る暖冬で、シーズン中数回は雪が積もる岐阜県南部でも ぱらぱら降っただけで積もることはなかった。だから余計に北海道の視界一杯に広がる雪景色が新鮮に思えた。

旭川駅に降り立つ。駅前を見る限り、旭川は意外と栄えている。岐阜駅前とは違い、ごちゃごちゃした感じはなかった。 だがやはり寒さはまだまだ厳しい。名寄行きの快速まで、ここで2時間ほどの小休止となる。ついでに 駅前の電気屋で、昨日秋田付近でなくしたUSBケーブルを購入したが、のちにケータイの機種の関係で使用できない 事が判明する。。パッケージもメーカーも同じで、その店にはその商品しか置いてなかったのでよく見ずに 買ってしまったのがアダとなった。

そうこうしているうちに、名寄行きの「快速 なよろ1号」の発車時間が迫ってきた。ほか弁を買い込み、列車に 乗り込むが思いのほか込んできた。立っている人もいる。おそらく中・近距離間の利用が大半を占めるのだろう。


終点名寄までは1時間ちょっと。写真の通り外は白銀の世界が広がっているのだが、 車内は暖房が効きすぎで暑い暑い。遂にはシャツ1枚になった。まさかまだまだ真冬な北海道で、 汗をかくことがあろうとは思わなかった。



名寄に着いた。全く随分遠くまで来たものだ、と言う感じが強くなっていく。名寄でゆっくりしている暇はなく 稚内行きの普通列車はまもなく発車する。正真正銘の「終点」稚内までは、12:47発の16:47着だから丁度 4時間。昨日の秋田〜青森間同様、長旅になりそうだ。座席に座りかたくなった足をほぐし、新鮮な北海道の 空気を存分に吸い込んで、気分も新たに列車に乗り込む。一体この旅何回目の乗継だろうか。自宅最寄り駅から 数えてみたらなんと15回目だった(都心での移動除く)。いやはやホントに疲れる旅である。



車内はやはりクソ暑かった。あまりの暑さに痺れを切らし移動のため乗車していると思われる乗務員数名に 暑いので何とかしてくれ、と頼むと、「暖房は調整できないんで窓開ければ?」との返事。

冬場に窓開けていいの・・??てか開くのかい!早くそれを言ってくれ!



で、実際に開けてみた。すっかり火照った体に、北海道の冷風は心地よかった。おかげで車内の温度も一気に クールダウン。程よい温度になったので、二重窓の外側だけ閉める。おかげで残りの時間は快適に過ごせた。



北海道には珍地名が多い。妹背牛(もせうし)やら音威子府(おといねっぷ)やら。。。元はアイヌ語だろうが、 なんだか外国に来た感じすらして楽しい。ちょっとした「異文化」に触れた。

北海道の駅、もとい宗谷本線沿線のようなローカル線の駅といえば、もう1つ特徴がある。 それは「トレーラーステーション」だ。まるでトレーラーかコンテナのようなものに、JRのマークと駅名だけ 書いてあるだけの、非常に簡素な駅だ。いや、市内の既に廃線となった名鉄竹鼻線の江吉良〜大須間の駅舎も 十分簡素だと思っていたが、上には上が沢山あった。中にはコンテナどころか、それこそ「100人乗っても〜」の イナバ物置のようなものが堂々と「駅舎」の役割を果たしている駅もあった。そしてそれらの誰も降りない、 誰も乗ってこない駅に、この普通列車は律儀に各駅停車していく。ご苦労様だ。



そして幌延駅で特急列車に線路を譲る関係で、20分ほど停車。気分転換で外に出る。すると目に飛び込んできたのは 「北緯45度の町」「北半球ど真ん中」の文字。今自分のいる場所が、赤道と北極点の丁度真ん中にある という事実が分かり、感動する。赤道にも北極点にも、まだ到達したことはないが、もし訪れる機会が あったらふとこの「幌延」の町のことを思い出すだろう。



さっきの名寄行きとは違い、平日のオフシーズンに各駅で辺境の地をひた走る稚内行きの車内はガラガラ。 列車もワンマン運転で、乗員乗客合わせて3名の時もあった。おかげで転換クロス式のシートを4人分贅沢に使い 寝転がったり、ある意味「グリーン車並み」に悠々と使わせていただきました。



↑ ご覧の通りガラガラ。そして「需要と供給」の関係を象徴するかのように、車内広告もほとんどない。 だがJRの広報の横になぜかポツンと存在する「SGI」の広告。こんなところにまで広告を出すとは、 聖教新聞・創価学会恐るべしである。


そして徐々に車窓からは住宅が見えてくる。辺りも暗くなってきた。いよいよ日本最北の町に近づいてきた。 そして定刻どおりの16:47分。



日本最北端の町、稚内到着!

いや〜。遠かった。遠かった。しかし飛行機でひとっとびでこの町へ来る人よりは、感慨深さが違うと思う。 ここへ来るために何日も移動を続けたかと思うと、今その地に立っていることが不思議に思われた。

稚内駅前に降り立つ。稚内は最北の町らしく、程よく寂れていた。決して悪い意味ではない。 いい具合に「寂れていた」。むしろ逆にこの稚内がメチャクチャ発展していたら、旅情をぶち壊されただろう。

市内を散策してみる。まず稚内港の有名な「北防波堤ドーム」を見に行く。 もし夏ならここを寝泊りで使う冒険野郎が沢山居ただろうが、まだまだ冬真っ盛りのそこには誰もいなかった。 どことなくギリシアチックな、お洒落な防波堤である。俺もこんな防波堤に身を守られたい(なぬ?)



しばらく歩くと商店街に入った。何のことはない。地方によくありそうな寂れた感じの商店街だ。だが他の商店街 とは決定的に違う所がひとつあった。それはどの商店にも見慣れぬ「キリル文字」、つまりロシア語の看板が 併記されていたことだ。よくみるとよく見かける道路の案内板も、日本語、ローマ字(英語)、 キリル文字(ロシア語)と、見事にトリリンガル。ここは国境の町だということを改めて実感。



商店街内の中華料理屋でラーメンをすすり、本日の寝床へ向かうため稚内駅へ。今日泊まる「稚内ユースホステル」 は、南稚内駅の近くにある。列車で南稚内まで戻り、稚内YHを目指す。ちょっとした丘の上にあるときいていたが、 予想外の急勾配でキャスター付きカバンだと厳しい道のりだった。チェックインするも、誰も泊まっている 気配がしない。どうも俺一人の「貸切」状態のようだ。



部屋は簡単な2段ベットとヒーターとテレビがあった。宿泊費が3300円程度だから、まぁ値段相応だろう。 ブログに写真をアップしたら(参照)、 家族に「刑務所みたい」とかコメントされたが。。。 実に3日ぶりに風呂に入り、「横になって」寝た。すっかり疲れていて明日も早めに起きないといけないので、 素直に早寝する。今までの旅の出来事を思い出しながら、俺は目を閉じた。


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