旅人のタワゴト

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■ 2007年3月30日 日本最北の男に、俺はなった(5日目)


予定通りの時刻に目覚められた。やはり時刻表に沿って生活していると、ダイヤグラムの如く規則正しい生活に なるのだろうか。出発しようと下に降りるも、呼んでも誰も来ない。仕方がないので鍵とメモを残し、 稚内YHを出発した。



丘の上にあるだけあって、稚内市内を一望できた。



南稚内駅近くのバス停で、宗谷岬方面行きの路線バスを待つ。 車内はガラガラで数人しか乗っておらず、その数人も途中で降りてしまい、完全に「タクシー」と化す。 そして40分ほどの小旅行の末、宗谷バスの「次は宗谷岬」のアナウンスをきいて、「止まる」のボタンを押す。 日本最北端(北方領土除く)に普通の路線バスで向かっている感覚が、非常に妙だ。

バスを降りる。観光バスが何台も止まり観光客がわんさかいたのにはいささか興ざめした。 すぐ側には樺太を探検し、世界地図に「間宮海峡」の名を残した間宮林蔵の像。そして彼の見つめる先には、 日本最北端の碑!




ここは北緯45度31分14秒。


そして遂に


俺はなった




日本最北の男に!


「俺がこの国で最北の男だ。俺が日本のてっぺん、トップだ!」そう思うとワクワクしてくる。 先ほどの団体観光客もいなくなった様子なので、最北の気分をしばらく味わうことにした。


実はあの「弁天島」と呼ばれる小島の方が若干北にあり、あそこが本来の日本最北端。 いや、一応念のためにいっておくと本当の最北端は「択捉島カモイワッカ岬」。また ロシア占領下で帰属が微妙な千島列島阿頼度島最北埼を最北端とする意見もあるらしい。


ここは岬近くの丘の上にある「旧海軍望楼」といい、ロシアとの関係が怪しくなった日露開戦前の1902年に作られた要塞。 日露戦争時には、この宗谷沖でロシア軍艦「ノーウイック号」と日本海軍巡洋艦「対馬」「千歳」が交戦したとのこと。


「旧海軍望楼」は実際にてっぺんに上ることが出来る。宗谷岬が一望できて眺めは最高! ここから先は外国。わずか43km先、そこには日本に一番近い「ヨーロッパ」が存在する。そう思うと なんとなく国防の最前線に立っているかのような気分が味わえる。


ここまで来ると、もう何から何まで最北端。「最北端の食堂」「最北端の民宿」「最北端の土産屋」「最北端のバス停」 「最北端のトイレ」などなど。最果ての地といってもかなり観光地化されていて、あまり 「最果てな」空気や雰囲気は楽しめない。

「日本最北端の」土産屋で、『最北端到達証明証』を発行してもらったりしていたら、あっという間に30分が過ぎてしまった。 帰りのバスまでは、せわしないことに30分しか猶予がない。急いでバス停に戻る。

バス停には「旅人の思い出ノート」のようなものがあり、色んな人がメッセージを書き残していた。 折角なので、僭越ながらまるまる1ページ使って、どでかく書き殴った。




バスが来た。今度は市内中心部の稚内行きのバスとあって、そこそこの込み具合。乗客はもちろん「日本最北端のおばあちゃん」 「日本最北端の女子高生」などなど、最北な方々。だからといって特にこれといって特別なわけじゃない。話している内容も、 発している言葉も大して岐阜の人と違わなかった。

でもこんなところが微妙に違った。


「優先席」なんて曖昧な表現じゃなく、ストレートに「お年寄り専用席」。しかもその下には年金受け取りのご案内。 う〜ん。宗谷バス、なかなかやってくれる。



数十分して、稚内駅に到着。時間があったので、日本最北の鉄路を改めて見てみることに。


線路は続くよ、どこまでも。ここから先へは続かない。


昨日辿った線路を、もう一回戻る。名寄で乗り換え、午後4時前に旭川に到着。昨日間違って買ったUSBケーブルを 返金してもらい、岩見沢行きの列車に乗る。外では小雪が舞っている。もう4月だというのに。


しばらくして人身事故が起こったらしく、列車の運行が乱れる。終点岩見沢に何十分遅れかで到着。しかし 札幌へと接続する列車も遅れているらしく、なかなか来ない。ホームには動こうにも動けないL特急 「スーパーホワイトアロー」が停まっていた。

困ったなー、と思ってホームでたたずんでいたら駅員さんに「どちらへいかれんですか?」と声を掛けられた。 「札幌です」と答えると、特例措置で今停まっているホワイトアローの自由席に乗ってもよいとのこと。 ホワイトアローは昨日も泣く泣く乗ったが、今度は追加料金ナシで乗れる。おかげで札幌までは快適に過ごせた。

札幌には予定より遅めに到着。昨日稚内で食べたラーメンがイマイチだったのもあり 「やっぱ札幌と言えばラーメンでしょう!」という気持ちになり、駅タワーの 「札幌ら〜めん共和国」にて ラーメンを頂いた。色んなテナントがあって迷ったが、一番呼び込みも店の雰囲気も威勢があった、旭川ラーメンの 「梅光軒」という店に入った。


麺はちょっと太め、スープは見かけよりもあっさりした感じだった。上手い。思わず替え玉までしてしまった。 おかげでお腹は満足。ごちそうさまでした。

今日の寝床は札幌市内の「札幌国際ユースホステル」。 公営ユースと言うことで税金が投入されているからだろうか、ユースとは思えないほどキレイだった。 こりゃちょっとしたビジネスホテルだよ!エレベーターまである! フロントで鍵を渡され、4人部屋を俺ともう一人で2人で使えるとの事だった。さてどんな人だろうか。 昨日は施設丸ごと貸切だったので、相部屋になるのはこれが初めてだ。



鍵を開け、部屋に入る。だが誰も居ない。かなり大き目のバックパックが丁寧に置いてあった。そしてギター。 なかなか粋な旅人のようだ。だがそのギターの横に予想外のものが。。。



・・・外国人かよ!さすが札幌「国際」ユースホステル。その名に恥じず、実にインターナショナル!

とりあえず、荷物を降ろしテレビを付け、瀕死状態のケータイに電気を与えたりしていると、「相方」さんが部屋に 帰ってきた。20〜30代くらいの白人。言葉じゃ伝えづらいけど、典型的な「ヨーロッパのバックパッカー」な感じの人。

彼の日本語能力を計ろうと、「こんにちは!」と声を掛けてみた。だが彼は英語で返してきた。どうやら日本語はほとんど 理解できないようだ。しょうがないのでこちらも英語で話を続ける。英語をネイティヴと本格的にしゃべるのは イギリスへ学校で行ったきり、1年ぶりだ。

彼の名はKevinといい、アイルランド出身で、東京から電車でここまで北上してきたという。彼が今まで訪れたという地名 中で、「蟹田」という地名を口にしたところをみると、おそらく青春18きっぷを使って来たのだろう。(ここらへんの事情は こちらを参照

一通り自己紹介が済むと、彼はおもむろにギターを取り出し、演奏を披露してくれた。するとギターが弾けない俺に、 基本的なコードを教授してくれた。なかなかいい人だ。ちなみにこのギターはニュージーランドを放浪中、とある人から 500円で譲ってもらったんだとか。

その後大浴場で1日の疲れを癒し、部屋へ戻るとkevin氏は既にご就寝中。俺も 特に何かするわけでもなく、明日に備えふかふかのベッドに身をゆだねた。


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