トップページ ABOUT 旅行記 管理人日記 旅の写真集 リンク ■ 2007年3月31日 札幌・小樽 周遊(6日目) 旅に出てから5回目の朝を迎えた。起きたのはチェックアウト30分前の9時30分。 久しぶりにゆっくりと寝ることが出来た。やはり夜行続きの身にふかふかのベッドはありがたい。 ![]() 同室のアイルランド人Kevin氏に別れを告げ、ユースホステルを後にする。ここは札幌市街地からは 少し離れていて、行きは地下鉄を利用して来たが、この日は天気もよく体調もゆっくり寝たおかげか 良好だったので、市街地まで歩いて向かう。 全国的に有名な繁華街「すすきの」を通り、やがて大通り公園に出た。有名なテレビ塔をバックに 写真を撮っていると、40代くらいの女性に写真を撮ってくれるよう頼まれた。俺が岐阜から夜行と ローカル線だけで来たことを話すと、かなり驚いていた。 ![]() 既に札幌では雪がかなり解けた様子だったが、大通り公園には札幌雪祭りの「夢の跡」が それはそれは無残に残っていた。この様子をブログに公開したら「いや、これは悲惨すぎだろ」との つっこみメールが友人から届いたりもした。 ![]() ここからはベタな札幌の観光名所巡りが続く。まずは時計台。ついでにこの近くにあった安めの すし屋で昼食を食べた。この旅始まって以来の豪華な食事(といっても2200円だが)だ。やはり 折角北海道まで来たからには「グルメ」を楽しまないと!と段々旅の趣旨が観光化してゆく。 その後旧北海道庁も見学する。 ![]() ![]() その後駅前のビックカメラでUSBケーブルを買ったりと札幌での用事を済ませ、夜まではまだ相当 時間も余るので小樽へ行ってみることにした。小樽までは新千歳空港からの札幌を経由して小樽へ向かう 「快速エアポート」があるとのこと。 ![]() 札幌駅のホームで電車を待つ。暇なので車両を観察していると、やはり北国北海道の車体はごつい ことに気が付く。なにやら外国の鉄道のような風貌だ。 「快速エアポート」は背もたれ式で、快適な列車だった。小樽までは30分。何十時間も乗りっぱなし だったあの時の俺にとっては、ほんの一瞬だった。「もう付いたの?」といった感じだった。 小樽駅前に降り立つ。人気観光都市だけあって、観光客で一杯だった。 有名な小樽運河倉庫群まではすぐそばだった。 ![]() 古びた建物が好きな俺にはなかなかいい場所だったが、有名なこの場所はどうも観光スポット化しすぎている きらいがしたので、運河に沿って散策してみることにした。 しばらく歩くと期待通りの廃墟発見!ここで肝試しとかしたらさぞ 楽しそうだ。しかしここは元々なんだったのだろうか。場所的に貿易会社のビル?いや、 病院にも見えなくもない。 ![]() その後は北海道で始めて鉄路がひかれ、現在は廃線となっている「手宮線」跡を巡った。 今も当時の線路や踏切が、沿線のふるびたレンガの建物と共存する不思議な場所だった。 ![]() ![]() ![]() 廃線跡巡りに夢中になっていたら、日が暮れてしまった。俺の腹も空腹を主張してはじめている。 小樽駅から再びエアポートで札幌へ戻る。札幌駅地下の「なか卯」の牛丼で俺の腹を満足させ、 「白い恋人」や「まりもっこり」といった非常に北海道らしい土産を買い込む。 2日間だけだったが、北海道はいい所だった。 今回は札幌・小樽そして最北の地・稚内に限定されてしまったが、今回の旅で巡れなかったところも含め、 是非また来北したい。 そんなことを一人札幌駅のホームで思っていると、行きと同じ青森行きの「急行はまなす」が 滑り込んできた。いままでは「行き」の旅だったが、これでいよいよ「帰り」である。 そう思うとふと寂しくなったが、日常があるから非日常がある、旅はいつか終わりがくるから旅なのだ、と 自分を納得させ、列車に乗り込んだ。 そして夜11時前、はまなすの機関車は本州の地へ向け客車を引っ張りはじめた。旅は終わり、こうして俺は再び 日常の世界へと戻っていった。。。 しかしまだ「日常」とはいい難い出来事が俺を待っていた。 前頁 日本最北の男 いざ宗谷岬! 次頁 トラブル続きの帰り道!?に続く 「日本最北端への列車旅」目次へ |