旅人のタワゴト

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■ 2007年4月1日 ひたすら南進!東北本線(7日目)


冷たい空気が眠気を吹き飛ばす。そんな朝の青森駅。

駅ホームの立ちソバ屋で朝食。あたたかい汁が体にしみる。味は普通のソバだが、 旅先で、朝風を受けながら食べるそばは格別だ。

さて今日はひたすら下るだけである。行きは日本海側の羽越線を使ったが、今回は直接東京まで 繋がっている東北本線を利用する。青森を出発し、八戸へ。ここから盛岡までは青森側 「青い森鉄道」、岩手側が「IGRいわて銀河鉄道」という第3セクターとなっている。 運営会社は違うが相互に乗り入れをしていて、八戸〜盛岡間は乗り換えなしで移動できる。



途中雪が舞ってきて、まだまだ東北の春も遠いことを実感させられる。

盛岡からは再び東北本線で、宮城との県境に位置する岩手県最南の街一ノ関へ。この街も長居はせず、すぐに仙台行きへ乗り継ぐ 予定だったが、なんと風の影響とやらで仙台以北の東北本線が運休に!段々と旅の雲行きが怪しくなってきた。

昨日の函館本線ならば「特別に特急列車に乗車OK」という「救済措置」が施されたが、新幹線が開通し 昼間に特急が走らない東北本線ではそれが期待できないわけで、どうすることも出来ない。運休なら、動くまで 待つしかない。まさか「救済措置として東北新幹線に乗車可」なんてありえないだろうし、実費で新幹線 乗るほどの余裕もない。

2時間ほどしてやっと列車が動き始めるが、時既に遅し。その日の夜11時20分ごろ東京発大垣行の「ムーンライト ながら臨時号」に乗る予定だったのだが、仙台駅の時刻表で確認したところ、どうあがいても東京着は夜11時40分 過ぎになってしまい、「ギリギリアウト」であることが発覚。

今思えば少しの間でも新幹線を使うなりなんなりして間に合わせればよかったと思うのだが、当時の自分は 「まぁ、東京で一夜明かすって言うのも旅のネタ的には面白いし〜」などとのん気に考え、仙台から間に合わない ことを承知で、再び在来の東北本線に乗り込んだ。



そしてこの甘い考えが、のちにまたトラブルを引き起こすことになる。



すっかり日も暮れ、朝から電車に乗りっぱなし、かつ昼に一ノ関でラーメンをすすってから 何も食べていないことも加わり、疲労が襲い掛かってきた。ぶっちゃけていうと、この旅で一番 疲れていたのはこの時である。電車に乗り、ロングシートで腰や尻を痛め、着いたと思ったら また乗り換え。。。。

そしてすっかり憔悴しきった夜11時40分ごろ、朝6時ごろ青森を出発して18時間、札幌から換算すると25時間 ほど列車に揺られ続け、ようやく東北本線終着「上野駅」に到着。



*注(ここから先の文章には旅情もクソもありませんのであしからず)


■ 2007年4月2日 トラブル発生!(8日目)

とにかく腹を満たしたかった俺は、昨晩も食べた牛丼がまた欲しくなり、上野に近く牛丼屋が多そうな秋葉原へ。 結局食べたのは豚丼だったが、十分に腹を満たすことが出来た。さて食が足りれば、次の問題は 「住」である。どうやって夜をあかそうか。

実は秋葉原に来たもう1つの理由は「ネットカフェ」である。「ネットカフェ難民」という言葉がメディアで 喧伝され始めていた当時で、俺もそれに倣おうとしたが、利用には身分証明書提示が必要とのことで、18歳未満の 俺は登録できるはずもなく、諦めることにした。

次に24時間営業の店を狙うも、夜のアキバはゴーストタウンで、ドンキホーテとマックとコンビニ以外は、 全てシャッターが下りていた。唯一マックで泊まろうとするも、深夜はテイクアウト限定で無理だった。 他の街にいこうにも既に終電は行ってしまっている。

行き場がなくなってしまった。

仕方がないので、コンビニで立ち読みをしながら時間を潰すことにする。しかしなかなか時間は過ぎない。 長居すると居づらいので、コンビニを変える。しばらくして、また次のコンビニへ。移動する時に やたらと見かける警察官やパトカーを避けつつ、秋葉原中のコンビニを渡り歩いた。今思えばこれが あだとなった。ずっと同じコンビニにいればよかったのに。。。

そう、俺は「補導」される羽目になった。

時間は、あとちょっとで夜が明ける寸前だった午前4時過ぎ。もう少しコンビニ店内で粘っていればよかったのだが 、駅の方に近づいてしまったのがまずかった。交番に連行される。荷物チェック。何やら書類を書かされる。 岐阜の家へ電話。さぁて、ややこしいことになった。

幸い、最初は家出かなにかと思われていたらしいが、住所が岐阜であり現在北海道への一人旅の帰りで、 夜行列車に乗り遅れ始発を待っていると釈明し、始発の時間まで交番で休むだけで放免となった。

そして空が少し明るさを取り戻しつつあった午前5時過ぎ、秋葉原の駅前公園の人に「お世話になりました」と まるでシャバに戻るかのような挨拶をして、京浜東北線の一番列車で東京駅へ向かった。

朝の東京駅は、やはり静かだった。東海道線の始発列車を待つためホームにいくと、結構 な人が待っている。東京発東海道線の始発は、大垣からくる「ムーンライトながら」が普通列車に折り返し運用 され、普通運賃(青春18きっぷなども含む)だけで特急列車の車両に乗れるかなり「乗り得な列車」で 有名だということを、この時思い出した。しかもこの始発は車両基地のある静岡まで 3時間ノンストップでいくことが出来る。



しばらくして、「ムーンライトながら」が到着した。やはり人気車両だけあり満席のようだった。 車内整備のあと、普通静岡行きとなった373系に乗り込む。特急仕様だけあって、リクライニングシートで 快適だった。一晩中おき続けていた俺は、出発すると同時に深い眠りについた。

本当に熟睡した。気が付いたら3時間後静岡駅にいた。本当にワープしたような感覚だった。 ここで車内にケータイを忘れ焦るも、駅事務所に保管してあり事なきをえた。ここからは浜松行きの普通にのり 、ロングシートの真ん中という悪条件下ながらも再び就寝、気づいたら浜松だった。



ここからは意識もはっきりした状態で、大垣行きの快速に乗り、お昼前、無事に岐阜駅に降り立った。。。





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